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PCが当たり前の存在に

30代以上の方であれば、まだPCが特別なものであった時代のことを覚えているのではないでしょうか?90年代半ば、一般にPCが普及しはじめたばかりの頃までは、PCはまだまだ特別なもので、持っている事が一種のステータスとなっていたほどです。

当時はまだネットもPCもそれほど普及していなかったことから、現在のように当たり前に生活の中に存在しているものではありませんでした。いわば、趣味性の高いものだったのです。

こういった中で自作PCがちょっとしたブームになって行きます。もちろん、既製品がまだまだ高価な時代でしたので、限られた予算の中で、よりスペックの高いものを手に入れるために自作していたという方も少なくありませんでした。ですが、PCを自分好みに組み上げることが一つの「趣味」にもなっていたのです。

普及が進むにつれてPCが「趣味」にならなくなった?

実際に90年代頃までは、自己紹介の際に「趣味はPC」と言う方も少なくありませんでした。PCを扱うこと、いじることが趣味として成り立っていました。 ですが、現在ではどうでしょうか?趣味を聞かれて「PC」と答える方はあまりいらっしゃらないでしょう。それだけPCは一般に普及し、当たり前の存在になってしまいました。

以前は、PCを使えることが特殊な「技能」の一つにもなっていました。ですが、現在では誰もが当たり前にPCを使っています。一家に一台どころか、PCは一人に一台以上の時代となったのです。

これだけ普及が進めば、PCに触れることは「当たり前」になります。そうなれば、趣味性はどんどん薄れ、日常の中に溶け込んだ道具の一つとなります。そうなれば、道具をいかに便利に使うのかは考えても、その道具を自作することはあまり考えられなくなってしまうのです。 これも自作PCを使用する方が少なくなってしまった理由の一つでしょう。

PCに対して特別な愛着がなくなった?

また、PCの低価格化が進んだことによって、長期間にわたって一台のPCを使い続けるという方はかなり少なくなってしまいました。まだまだPCが高価だった時代は、一度購入するとパーツ交換などを繰り返しながら10年以上も使用する…といった方も少なくありませんでした。

ですが、現在では十分なスペックのPCを数万円から購入できるようになりました。なので、人によっては毎年のように買い替えている…なんて方もいらっしゃるでしょう。一台のPCを5年も使用する方は少数派になってしまったのです。

そうなれば、当然PCへの特別な愛着もなくなってしまうでしょう。自作PCを苦労して組み上げたとしても、ほんの数年で別のものに乗り換えることになるのです。それならば、お金や時間をかけて自作するのではなく、安価な既製品を何度も買い替えた方がいい…そう考える方が多くなるのも当然のことと言えるかもしれません。

もちろん、現在でも一台のPCに愛着を持って使い続けるという方もいらっしゃるでしょう。しかし、時代の流れから少数派になってしまいました。これも自作PCユーザーが減ってしまった理由の一つでしょう。 いつの間にか、PCは私たちにとって、特別な存在ではなくなっていました。それが自作PC支持の低下につながっているのです。